【小池龍之介さん第3回】現代人は「苦痛」をモチベーションにしている

小山龍介によるインタビューシリーズ。今回は、お坊さん小池龍之介さんに、現代を生き抜く知恵を伺っていきました。

第一回 「幸福」を「興奮」と取り違えた僕たちに、本当の幸せはこない
第二回 オリジナリティーという幻想、永続という空想

「働きがい」や「何のために働くか」は考えない

──今、何のために働くのかを見失って、気力が出ないという人が多いんですが、本来、どういうものが働く原動力になるのでしょうか。モチベーションの維持の仕方について教えていただけますか。

難しいですねえ。みなさんが求めているような「働きがい」というのは、残念ながら現代の仕事では、とても得にくくなっていますよね。昔のように、狩をして、狩った分だけ確実に自分の生きていくことにつながるとか、農業をやって、取れた作物が足りなかったら家族が死んじゃうとか、そういうことがありませんから。

実際に自分で体を動かして、仕事そのものが生活に直結していると、すごく実感がともなうのですが。

──はい。

狩や農業は、仕事の全体が自分で把握できるじゃないですか。生きていくことに直結している仕事は。

でも、企業の中で、ある特定の分野だけの仕事をしていたりすると、全体を把握するのは難しい。そういう状況で「働きがい」について考え出すと、残念ながら、それは得にくい。「働きがい」にフォーカスすると、袋小路に陥ってしまいます。

ですから何の仕事であれ、「働きがい」は無視した方がいいと私は思います。なぜなら「働きがい」というのは、頭が考えることですから。それよりも、ただ集中して心を身体感覚に密着させて「やる」ことが大切です。

──あー。

頭が考えることになるべく心が奪われないように、どんな仕事でも、「触っている」「聞く」「見る」ことに意識を置く時間を増やして、臨場感を持てるようにするのがベストですね。

──「働く意味を考えない」のがモチベーションを維持する一つのやり方だと。

はい。「働く意味を考える」というのは、マラソンを走っている最中に、「あと何キロあるんだろう」とか、「優勝できないんじゃないか」と考えるようなもので、そうすると急激に疲れてくると思うんです。

今、この瞬間に意識を絶えず置くこと。今、一歩歩くことに意識をなるべく置く。全体をあんまり見すぎるのもダメなんですよ。

──ああ。

ちなみに、現代人が働くモチベーションにしているのは、たいがい「苦痛」です。

──はい。

さっきの話とつながりますが、「非難された」「バカにされた」「あいつの方がうまくいっている」「ああ、くやしい」「悲しい」「つらい」「自分の存在感がないような気がする。これを何とかしたい、がんばらなきゃ!」といった「苦痛」をガソリンにしています。

でも、「苦痛」というのは、本来、ガソリンで走るべき車に廃油を入れているようなもので、よくない燃料なので、すごく疲れるんですよ。

「自分へのご褒美」はモチベーションを上げるのに逆効果

多くの人が「苦痛」をモチベーションにしているか、もしくは「苦痛」にかられながら、「仕事が終わったら遊ぶぞー!」って感じで、とりあえず収入を得て、その収入で何か楽しいことを休みの日にしようって、そういうのをモチベーションにしています。

でも結局、それも「苦痛ありき」なんです。苦痛から逃れるということが「楽しみ」だから、「仕事が楽しくない」ということですよね。

「休日が楽しい」とか「仕事以外の娯楽が楽しい」と感じて、それに対して「仕事がつまらない」と感じる。そうやって分離してしまうのは危険です。なるべく、仕事そのものが楽しくなるようにしないといけない。

──よく仕事のモチベーションを上げるために、「自分へのご褒美をこまめに与えるといい」と言います。あれはよくないのですか。

それは本当にダメですね。結局、自分が仕事でストレスを感じているのを、ご褒美をあげることで麻痺させるわけですから。

単にご褒美自体が楽しいだけなんですけど、認識上、錯覚させられるんですね。仕事のあとのご褒美によって、仕事も楽しいと錯覚させようとしているんですが、実際はそのせいで、「仕事はつまんない」「ご褒美は楽しい」とずーっと刷り込まれ続けるんです。そうすると、だんだん仕事から腰が引けていって、やがてご褒美そのものが楽しみになる。

──「仕事のあとのビール」や「がんばった自分へのスイーツ」などを励みにしている人がいますけど。

そういうご褒美に設定されるものって、例外なく現実を忘れさせる性質を持っています。

ビールはほろ酔いになってボーッとするじゃないですか。つまり、それまで感じていた仕事のストレスを麻痺させるという性質を持っているんです。

甘い食べ物は血糖値を過剰に上げることで心身をボーッとさせる性質を持っているんですよ。そういう弛緩作用のようなものによって、ストレスをごまかそうとしている。

ほかにはどんなものがありますか。自分へのご褒美って。

──豪勢な食事とか。

そのときって、たくさん食べるんじゃないですか。

──食べますね。

たくさん食べると、すごく胃に血液が集まってしまって、やっぱりボーッとしてくるんですよ。昔は過食症っていうと、女性の特権のようでしたが、最近は男性からの相談が増えました。「吐くまで食べてしまうんです」と。たくさん食べると、考えられなくなるので、仕事のストレスを束の間、忘れられるわけです。

でも、「ご褒美のときは仕事を完全に忘れられる」「仕事はストレスだ」「仕事から逃避しよう」「あ、仕事から逃避したらこんなに気持ちいいんだ」という条件づけを繰り返しやっていることになるんです。ですから、ご褒美は長期的にみれば仕事に対するモチベーションを下げます。

そのやり方が本当に効果があって、仕事がすごく充実してくるんだったら、みなさん、仕事が充実しているはずですけど、そうはなっていないですよね。だから、気をつけた方がいいでしょうね。

ご褒美は仕事から逃避したり、自分を麻痺させたりするような性質のものではなくて、体を動かすとか、人と会って建設的な話をして楽しむとか、ただ普通に、それ自体が楽しいことにした方が本当はいいんです。

──一番いいのは、仕事そのものに集中すること。

そうですね。ただ強迫観念的に、「仕事に集中できなきゃダメだ!」と思わない方がいいです。「今、すぐ集中しよう!」「あー、自分はダメだ!」とヘンに自分を追い詰めない。できるときもあれば、できないときもあるので、今より10%でも集中できる時間が増えれば、それだけでもすごいと思ってほしいです。

「好きなことを仕事にすると幸せ」は幻想

──「好きなことを仕事にすると幸せ」と一般的に信じられていますが、それができない人はたくさんいます。だから、「目の前の仕事にとにかく集中すれば幸福を感じられる」というのは、とても救いになる方法だと思いました。

反対に、好きな仕事に就いても、幸せにはなれないことの方が多いですよ。好きなだけにこだわりが強いので。そう、それが最大の欠陥です。

──あー。

ある意味、「あんまりこだわらずに働ければいいや」って公務員にでもなって、9時5時でやるべき仕事を適当にこなしていればいいという感じだとラクだと思うんです。

でも、すごいこだわりがあって、自分の仕事に少しでも手を出されたらイヤだとか、自分の文章を1文字でも直されたらムカつくといった人は、常に「自分のこだわり」と「現実」とのせめぎ合いでしんどいでしょう。

「やりたい仕事に就けば幸せ」というのはまったく幻想で、「やりたい仕事」ほどこだわりが多くて、こだわりが多いほどイライラするんです。

そういう意味では、「やりたい仕事」じゃなくて、「できる仕事」をやるのがいい。ちなみに、「やりたい仕事」があるのになぜ就けないかというと、自分の能力を超えたものをやりたいと思っているからです。自分のできないもの、手の届かないものほどほしくなる。でも、分不相応なものに手を出しても、結局、うまくいかないのがオチですから。

──はい。


「やりたい仕事」ではなく、「できる仕事」をやる

ですから、「やりたい」というのも有害ですよ。なぜなら「できる」ことを「やりたい」と思うことはあり得ないからです。「できる」んですから、やればいいだけの話で、「やりたい」と思う必要がないですよね。

ところが、「できない」ことを「やりたい」と思うと、常にまだ叶っていないストレスを抱えることになります。そのストレスがあるがゆえに、それを原動力にして、「叶っていない」「やりたい」と思うんですが、「やりたい」と思うことは一歩前の手の届くものではなくて、必ず何歩も先の、今のスキルではまだ及ばないようなことなんです。

「やりたい」ことではなくて、「できる」ことを一生懸命やった方がいい。自分にできる範囲のことをやっているうちに、スキルが自然にアップしていく。それを待つんです。

──あ~、今の若い人に響く言葉だと思いますね。でも、この話がどこまで実感を持って、体に染み渡っていくかというところが……。

そうですね、難しいでしょうね。夢は立派だけど、「できなかったらどうしよう」「ああ、つらい」と思い続けて、だんだんそれが、「どうもできなさそうだなあ」にシフトにしていって、ずっと苦しんでいる人がとても多いと思いますね。

──「微妙な変化に目を向ける」というアドバイスは比較的、染みやすいと思います。フリーターの人であっても、仕事が昨日より今日とちょっとうまくなって、それを積み重ねていくと、もしかしたらたまたま夢が叶うかもしれないですし。

そうですね。

──叶わないかもしれないですけど。でも「現実の一歩の変化に目を向ける」と幸福感や充足感を得られるんだから。

さっきのマラソンの話で、「全体をあんまり見すぎるのもダメ」と言いました。現代人は全体像を見る時間が多すぎると思うんですね。「全体を俯瞰する」より、「今にフォーカスする」の割合を少しでも増やすといい。

全体を俯瞰するのなんて1年に1回ぐらいやればいいんです。でも、そう言われても無理でしょうね。せめて1週間に1回でいいですよ。なるべく少なくして、ひたすら走ってみて、で、1週間に1回とか、1カ月に1回ぐらい、全体のことをちょっと考えてみるぐらいでいいと思うんです。

──あと全体像も日々変わるんですよね。たとえば、今日、小池さんとお会いして、僕の人生のゴールも少し変わってるはずなんです。

少しずつ、誰とどういうふうに話すかというようなことを通じて、お互いに影響を与え合って、ちょっとずつ、ちょっとずつ、変わっていく。

──そもそもゴールが分かっていたら、人生面白くないわけで。どこに行くのか分からないところで、その一歩一歩を、日々の変化を実感することが大切。ゴールばかり見ていても、今この瞬間をないがしろにしてしまう。

そうですね。

──実際、40年後とかどうなってるか、分からないですからね。

ええ。

──10年後も分からないですから。

結局、分からないことをあれこれ考えても何の意味もないんですね。これまで考えることに使っていた時間を今、実際にやることに使ってください。

仕事に集中すると、結果として望む仕事が回ってきやすくなる

現在の仕事そのものを楽しくするためには、やはり、その仕事に集中しないといけない。たとえば、今、アシスタントの仕事をしていて、数年後にディレクターにしてもらえるのが楽しみだと考えていると、今、アシスタントをしていることがつまらなくなりますし、集中できなくなります。

今、下積みをやらされていて、将来、自分で企画を立てるのが目標で、そればっかり考えていると、下積みの仕事がつまらなくて集中できず、結果として仕事ぶりがダラダラして評価されず、いつまでも下積みをやらされるかもしれません。

書類整理などを命じられて、「なんでオレ様が」と思うかもしれませんけど、そういう余計なことを考えずに、一生懸命やることが大事です。仕事のより細部に、より細部に意識を向けていって、認知の解像度を上げていけば、案外楽しくなってきます。

楽しくなることがすでに第一のご褒美です。第二のご褒美としては、やるべきことを一生懸命取り組んでいる人は、「なんでオレ様がこんな仕事をやらなきゃいけないんだ」とあーだ、こーだ、「慢」の煩悩でいっぱいの鼻持ちならない人よりも、確実に周囲の人からの覚えがめでたくなります。結果として、本人が望んでいるような仕事があとから回ってきやすくなる。

そう考えれば、「将来、こういう仕事をしたい」といったことあまり考えないで、とりあえず今、与えられた仕事があるなら、それをベストを尽くしてやることです。たとえつまらない仕事でも、自分の能力を最大限に発揮すれば、結果として、より次のステップに働いてくれるんじゃないかなあと思います。

──はい。

1978年生まれ。山口県出身。月読寺(東京都世田谷区)住職、正現寺(山口県)副住職。東京大学教養学部卒。2003年、ウェブサイト「家出空間」(http://iede.cc/)を立ち上げる。2003年から2007年まで、お寺とカフェの機能を兼ね備えた「iede café」を展開。自身の修行を続けながら、月読寺や新宿朝日カルチャーセンターなどで一般向けに坐禅指導を行う。これらは常に満席で、「もっとも予約が取れない坐禅教室」として話題に。主な著書に、『考えない練習』(小学館)『「自分」から自由になる沈黙入門』『もう、怒らない』(ともに幻冬舎)『煩悩リセット稽古帖』『貧乏入門』(ともにディスカヴァー・トゥエンティワン)『偽善入門』『仏教対人心理学読本』(ともにサンガ)、などがある。

Ryusuke Koyama

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