【小池龍之介さん第2回】オリジナリティーという幻想、永続という空想

小山龍介によるインタビューシリーズ。今回は、お坊さん小池龍之介さんに、現代を生き抜く知恵を伺っていきました。

第一回 「幸福」を「興奮」と取り違えた僕たちに、本当の幸せはこない

通勤の行き帰りに歩きながら「触れた」「離れた」と意識する

──仕事の不感症に置き換えると、たとえば今の仕事の多くは、パソコンでキーボードを打ち、メールでコミュニケーションするだけでできてしまったりします。そんな環境でも臨場感を取り戻す術はありますか。

ただ、キーボードに触れていますよね。

──ああ。

残念ながら、触れている実感はほとんど欠落しちゃってると思うんです。

──ええ。

でも、生まれて初めてパソコンに触れたときって、たぶん臨場感があったと思うんですよ。

──そうですね。

あるいは仕事そのものじゃなくても、仕事に行くときに歩くじゃないですか。初めて歩いたときは、赤ちゃんの頃ですが、たぶんすごく臨場感があったはずです。病気で寝込んで、回復した後にはじめて自由に歩いたときなんかも。

ただ慣れてくると、意識がいわば無意識のルーティンに丸投げして、自動的に同じパターンを繰り返すようになる。

──ああ。

だったら適当に、無意識的に歩いてたら、うまく歩けるかというと、ルーティン化してしまう分、自分のクセがついてしまって、どんどんパターン化した歩き方になり、その歩き方でしか歩けなくなったりします。

一人ひとり歩き方のクセのようなものがあって、本当は体に悪い、骨格を悪くするような歩き方になっていても、無意識的に歩いているので、自分がどう悪い歩き方をしているのか、認識できなくなってしまう。パッと見、汚い歩き方になっているかもしれませんし、負担のかかる、とても疲れる歩き方をしているかもしれないんです。

だから、通勤の行き帰りに歩くとき、なるべく意識しながら歩いてみてください。「あ、今、右足が前に出た」とか、「今、地面に触れた」とか。「今、離れた」「触れた」「離れた」「触れた」「離れた」……という感じで、離れる瞬間と触れる瞬間を意識しながら、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ……と歩く。そうやって実感を増していった分、考え事が減っていくので、余計なことを考えなくなり、その分、とても心がリフレッシュして、スッキリすると思います。

──なるほど。

メリットはそれだけではなく、意識して歩くことで自分のクセを認知する機会が増えます。認知すれば、「あ、こんなヘンな歩き方をしてたんだ」と分かって補正することができる。

キーボードを打つのもすっかり慣れてしまっていますよね。それは人間の大きな能力の一つではあるんですけど、慣れたものは意識しなくても自動的に、無意識に操作できてしまう。ただその代償として、実感が欠落させられてしまいます。

だから、キーボードを「今、打ってる」「打ってる」「打ってる」「打ってる」「打ってる」「打ってる」「打ってる」「この指」「この指」「この指」「この指」「この指」……という感じで、かなり意識的に「触れている」という感覚に心をとどめ、意識をそこに集中すれば、充足感が増していきます。

──ああ。

書類を打つときとに内容を考えながらだと難しいかもしれないですけど、「打ってる」「打ってる」「打ってる」「打ってる」……と、今自分がやっている動作を心の中で唱えると、今やっていることに向かって心がクギづけになり、ほかのことに心がブレなくなるので、どんなつまらないことにも集中してきます。

──はい。

相手の顔も見飽きて「つまんないな」って感じになり、意識がパラパラッと揺れそうになったら、「見ている」「見ている」「見ている」「見ている」……と唱えるんです。すると、「見ている」こと以外、だんだんできなくなり、集中してきます。集中しさえすれば、何でも楽しいので。

──なーるほど。今、思い出したんですけど、荒川修作さんという美術家の方が家を建てたんです。それが床がちょっと斜めになっている。斜めの床に立つと、感覚がものすごくおかしくなるそうです。あと、天井に洗濯機がついている建物を作ったり。そうすることによって生きている実感を取り戻そうとした、と。その話を思い出しました。

なるほど。

──だから、パソコンのキーボードもあえて打ちにくいものにしたら、実感を取り戻せるのかなあと。

ああ、それは面白い見解だと思いますね。でも、じきに慣れます。

──ですよね(笑)。

斜めの床にも飽きるでしょう。恋人にも飽きてくるじゃないですか。あの人もいいかなあって目移りしてしまう。それで「この人、すごく新鮮!」と思い、「もう恋人と別れちゃおう」って別れて、新しい人とつき合い始めると、また慣れてきて飽きてしまう。するとまたボーッとしてきて、新しい人に目移りし……。同じことを繰り返しちゃうんですよね。

天井の洗濯機も使うのに慣れてきたら……。

──アハハハ。

やっぱり飽きて、別の刺激を求めるので、そう考えてみると、別の恋人に変えても、今の恋人と仲良くできないんだったら結局、うまくいきません。

──ずっとそれを追い続けることになる。

今のキーボードを変えて、別のキーボードに変えても……。

──アハハハ。

だから、「今のこのキーボードがいいんだ!」と思って使い続けるのがベストです。でも、斜めのキーボードはちょっとほしいかも。

──ハハハ。臨場感があるでしょうね。

ええ。

微妙な変化に気づいて、認知の解像度を高める

──「微妙な変化に気づく」というのも実感を取り戻すポイントの一つでしょうか。同じキーボードを使っていても、集中していると昨日と今日との変化に気づける。昨日より調子が悪いとか、汚れがあるとか。

ズバリ、そのとおりですね。私たちはたとえば、「目を閉じてください」と言われて閉じて、さっき開けていたのと、今閉じたというのと、「ゼロ」と「イチ」しか認識していないじゃないですか。でも実際は、目を閉じるというプロセスは、「真ん中ぐらいまで閉じている」とか、「3分の2ぐらい閉じている」とか、「閉じる直前、ほとんど真っ暗になっていて少し光がある状態」などがあるんです。

つまり「ゼロ」と「イチ」の間に、「0.2」「0.1」「0.05」「0.01」など微細なグラデーションがあるのに、それを抜かしているんですよ。

さっき「解像度が低い」という表現をしました。現象というのは非常に微細にできているのに、私たちの脳はそれを認識するのが面倒くさいので、すごくざっくりとした認識をするんです。

キーボードの汚れを見つけたとき、「あー、すごく汚れた」って思うかもしれないですけど、その過程には「ちょっと汚れた」「結構汚れた」など何段階もあったはずなんですよ。考えすぎな人ほど、ものすごく分かりやすい変化が生じないと認識しない。

頭で考える度合いが強まるにしたがって、考えることにエネルギーを割く分、五感に割くエネルギーが減ってしまって、見るのも、味わうのも、苦手になってしまっている現代人が多いんです。ちゃんと味わって、ちゃんと感じて、腹八分目で「あー、おいしかった」と満足する代わりに、味をちゃんと感じられずにたくさん食べてしまう。

──ハ~。

自分の疲れについてもそうなんですよ。「ちょっと疲れたな」ぐらいの時点でちゃんと気づいて休めばいいんですけど、ボーッとして認知しないので、「すごくだるい」「もうやる気がしない」という段階になるまで気づかない。そして、気づいたときにはもう重病になっていたりする。

──はい。

「微妙な変化に気づく」というのは、仏教語でいえば「無常」に関係しています。

──あ、そうなんですか。

「無常」というと、「平家が栄えて、やがて滅びて悲しいよね」と理解されている方が多いと思うんですけど。

──ええ。

そういう意味ではないんです。たとえば、平家が栄えたとしても、次の日によりほんの少し富が増えたら、それが「無常」ですし、次の日に部下が一人裏切って変化が生じたら、それが「無常」ですし。そういう変化がたくさん積み重なった結果、最終的に滅びたり、栄えたりするんです。

──はい(とうなずく)。

今、小山さんが、うなずく前に止まっていたなら、うなずいたのは「無常」ですし、うなずきっぱなしでいるわけにはいかないので、またアゴが元に戻るのもの「無常」ですし。

──フフフ。

そうやって、口角が少し上がっていくのも「無常」ですし。

──アハハハ。

ちょっと上がっていたのが、私が指摘したことによって「アハハハ」と、もう一段階上がったのも「無常」ですし。

──ハハハ。はい。

そうやって、ずーっと上がったまま、かたまらせておくわけにもいかないので、やがてまた静まっていくのも「無常」ですし。

……というようなことです。「常ではない」「変わっていく」というのが、素朴な意味での「無常」という意味。

何事も永続はしない、それが「無常」

──「無常」というと、何か悲しく、悪いことで、ない方がいいととらえられていますが、実は「無常」だからこそ楽しめるし、「無常」だからこそ今を実感できる。

まさにそのとおりです。もし「無常」でなかったら、ずーっとかたまったままの相手の笑顔を見なきゃいけないですし、ずーっとゆがんだままの相手の表情を見なきゃいけないし、ずーっとしかめっ面の相手の顔を見なきゃいけないということになります。

──ああ、よくストレスマネジメントのアドバイスで、「この苦しみも、いつかはなくなるよ」「いつかは分からないけれど、ずっと続くことはないよ」と言います。それも「無常」なんですね。

まさにそのとおりです。タイのアチャン・チャーというお坊さんが、悩み相談に来た人に「でもキミ、何週間か後までその悩みをずーっと悩み続けることが可能なんですかねえ」って聞いたそうです。

──ええ(笑)。

「それと、ある時にその悩みは消えているだろうけど、どのタイミングでその悩みをなくそうって、あなた自身で決められるんですかねえ」って。「自分で決めることもできずに、ある時、気づいたらなくなってたり、ある時、また思い出したりして、勝手にやって来ては勝手に流れ去っていくものなんだから、そういうものを気にしていてもしょうがないんじゃないの?」と言ったそうです。そう、それが「無常」ということなんですよ。永続は決してしない。

「慢」の煩悩こそがストレスの原因

──ストレス対策についてお聞きします。僕は小池さんの本を読んで「これだ!」と思ったのは、「慢」の煩悩なんです。働いている人の多くは自分自身でストレスを生み出していて、その原因はほとんどの場合、「慢」にあるんじゃないかと。

「慢」とは自己愛です。「自分は立派な人間である」という自己イメージへの執着。この「慢」の欲が、特に若い人は非常に深いですね。

他人事のように申していますけど、私自身、小中高とずーっと「慢」を育むような教育を受けてきたと思うんですね。今の30代よりちょっと上ぐらいからでしょうか。「ほかの人にはできない、キミだけの個性を開花させるべきだ」みたいなことを学校で教えられてきました。

──ええ。

私が思い出すのは、小学校の頃、よく道徳や国語の教科書を読まされたりして、感想文を書かされたじゃないですか。

特に何も思うことはないので、「主人公が死んでしまって悲しいと思いました」と書いて出したら、「そんな誰でも思うようなことを書いてはいけません。これはキミが感じていることじゃない。もっとキミだけが思った本当のことを書きなさい」って注意されたんです。「いや、これは本当に思ったんですけど」って。

──ハハハ。

しょうがないから、子供心に大人が喜びそうなもっともらしいことをがんばって書きました。でも、本当に思ってることって案外シンプルな、「イヤでした」とか「楽しかったです」とか「寂しかったです」とかなのに、そこにちょっとオリジナリティーくさいものをわざと作り込んで、というのが原風景のような気がするんですね。

──「自分らしさを大事にしよう」とか「自分探しの旅」みたいなことを長く言われてきて、それこそが問題の解決なんだという風潮がありましたが、実はそうではないんですよね。

ええ。だって、私だけが怒られたわけではなくて、みんな言われたわけですよ。つまり、みんなオリジナリティーなんてないわけです。

──ええ(笑)。

オリジナリティーへの強迫観念を植えつけられてきた

その程度の素朴な感情しか持っていないのに、いかにも「ほかの人とはちょっと違うぜ」みたいなことを演出しなきゃいけないような強迫観念を子供の頃から植えつけられてきています。

ほかの人とは少し違うと思いたい。でも、それを大人になってからも続けるのは、ものすごく難しいんですよ。自分がオリジナリティーを発揮していると実感できるような職業に人気が集まりすぎている気がします。

──ビジネスという世界そのもの、資本主義全体が、他者との差別化を重要視しますよね。

基本的にはそうですね。

──希少性にお金を払うという仕組みに世の中がなっていて、そういう考え方からなかなか抜け出せない。でも、これについては処方箋はあるのでしょうか。

どうですかね。ビジネスの世界の差異化自体はそんなに悪いことじゃないと思いますが、今、とりあえず問題なのは、自分の個性の差異化だと思います。それに躍起になってしまっているのは、結局、自分を苦しませるという点で問題だという気がします。

──あー。

そんなに差異化なんてできないですよ。

──そうですね。僕自身、これはもう1年以上前になるんですけど、「お前は別に大した人間じゃない」みたいなことを人から言われて。

おやまあ、そうですか。

──本とか出していると、いろんなことを言われるんですよ。「たまたまだ」とか。それを真に受けなくてもいいんですけど、やっぱり「なにくそ!」って思っちゃうんですよ。でも、小池さんの本を読んで、「あ、これ、『慢』だ。今、『慢』になってるんだ」と。

はい。

──もちろん、それは原動力にもなっていて、「じゃあ、すごいこと、やってやろう!」と思うエネルギーも出てくるんですけど、それもやっぱり「慢」だなあって思うんですよね。

ええ。

──瞬間、瞬間、とらわれるときがあるんです。ときどきバッとその言葉が思い出されて。

言葉は刻み込まれますもんね。

──はい。

他人の評価にとらわれてしまうのは「自己愛」から

人からの評価を気にする煩悩は、私だって抜け出しきっているわけではないから、よく分かります。他人の評価にとらわれてしまうと、その瞬間、相手がそこにいるわけではなくて、その人の前に鏡が張られたみたいな感じになるんです。私たちの姿がそこに映って、ナルシストなゲームが始まっちゃうんですよね。

──あー。

「自分の価値が上がった」だの「下がった」だの。「こいつにこんなことを言われたせいで上がった」「下がった」と。

私たちは、「差異化したい」というのもたしかにあるとは思うんですけど、より根源的には、「自分を愛したい」みたいな衝動によって、人からのリアクションに逐一、「あ、これは自分をよく見てくれている」とか「悪く見ている」とか思うわけです。

人からの評価以前に、自分の仕事がうまくいくことで自分の価値を高めようとしたり、反対に仕事がうまくいかないとか、間に合わない、思い通りにいかないと、落ち込んだりします。これは結局、仕事を鏡にしているんです。うまくいかなかったら自分の価値が下がり、うまくいけば自分の価値が上がる。

でも、自分の価値が上がるのは、本当にいいことなのか。価値が上がれば上がるほどプライドが高くなっていって、傲慢になることとリンクしていますので。

──ええ。

でも、人間って100個の仕事をやって、100個とも完璧にうまくいくように結果を出し続けられる人って、まずいませんよね。その1個1個の結果について、プライドが高くなった分、傷つく度合いが多くなります。

──うーん。

つまり、「慢」を傷つけられて、「ガーン!」って思う度合いが強くなる。ただ、おっしゃられたように、一般的には人はその「ガーン!」っていうショックをバネにして、自分にムチ打ち、その苦しみをもう味わわないように、がむしゃらにがんばったりします。いわば、苦しみをガソリンにして走る。

──はい、ありますよねえ。

ただ、苦しみをガソリンにして走ってうまくいくと、苦しみが病みつきになっていくんです。

──あ……。

「苦しい」「苦しい」「苦しい」「苦しい」「苦しい」「苦しい」……。それを無理矢理ガソリンにしてうまくいくと、苦しみがスーッと消えていって、「あー、気持ちよかった」ってなるんです。苦しみがなくなった分だけ。その後、もう1回苦しまないと、「気持ちよかった」が味わえない。

──ええ。

「苦痛」のガソリンがないと、がんばれなくなっていく

自分を追い詰めて、「苦しい!」「あー、よかった」「苦しい!」「あー、よかった」「苦しい!」「あー、よかった」……というふうにクセになっていって、自分を追い詰めないと、がんばれない体質ができてしまうんですね。

つまり、「苦しい!」とか「ああ、失敗した!」「非難された!」というパワーがなければ、がんばれない。普通の状態だと、がんばれなくなっていってしまうんです。

そうすると、自分を追い詰めて、体を壊しながら心をボロボロにして、何のためにがんばってるのか。脳を刺激して、「自分はステキな人間である」という「慢」の煩悩を高めるために、体と心を犠牲にしているという状況になりかねない。

──ええ。それでうまくいったときも、「よーし、見返してやったぞ」みたいな、ヘンな達成感があるんですよね(笑)。

はい。「どうだ。オレの方が正しかっただろう」とか「だからあのとき、オレはこう言っただろう」と言いたくなる(笑)。

──(苦笑)ええ。自分でも「器が小さいなあ」って思うんですけね。

第三回 現代人は「苦痛」をモチベーションにしている

1978年生まれ。山口県出身。月読寺(東京都世田谷区)住職、正現寺(山口県)副住職。東京大学教養学部卒。2003年、ウェブサイト「家出空間」(http://iede.cc/)を立ち上げる。2003年から2007年まで、お寺とカフェの機能を兼ね備えた「iede café」を展開。自身の修行を続けながら、月読寺や新宿朝日カルチャーセンターなどで一般向けに坐禅指導を行う。これらは常に満席で、「もっとも予約が取れない坐禅教室」として話題に。主な著書に、『考えない練習』(小学館)『「自分」から自由になる沈黙入門』『もう、怒らない』(ともに幻冬舎)『煩悩リセット稽古帖』『貧乏入門』(ともにディスカヴァー・トゥエンティワン)『偽善入門』『仏教対人心理学読本』(ともにサンガ)、などがある。

Ryusuke Koyama

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