【奥野宣之さん第1回】「知的生産ワークアウト」の根底に面白さへの切迫感がある

仕事力を高めるためのさまざまな方法を提案し、多くのビジネスパーソンに支持されている奥野宣之さん。最新刊『仕事の成果が激変する 知的生産ワークアウト―あなたが逆転するための73のメニュー』も実践的なノウハウが満載だ。奥野さんの汲めども尽きぬ「知」の源泉に迫る。(インタビュアー・小山龍介)

「知的生産ワークアウト」の根底に面白さへの切迫感がある

──奥野さんのライフスヒストリーに興味があります。小学生の頃はどのようなお子さんでしたか。

小学生の頃は、勉強はよくできましたね。

──それはガリ勉タイプのような感じ?

いえ、そんなに勉強しなくても余裕で100点取っちゃうようなタイプ。テストが簡単すぎて、「人生、楽勝だな」と思っていました。

──ははは。それが「あれ、楽勝じゃないな」という雰囲気になってきたのは?

小6ぐらいからですね。中学受験をして中高一貫の男子校に入ったのですが、因数分解が出てきたあたりから、「あれ、数が全然合わねえぞ」と。中学2年ぐらいで20点みたいな点数を取って、「人生、ヤバイかも」と思い始めました。全体の成績も200人中150番ぐらいでした。

──でも、母集団の出来が違うのでしょうね。

そうですけど、落ちこぼれは落ちこぼれなので。それで、高校では留年の危機に絶えずさらされていました。ただ、数学はダメだったんですけど、物理はまあまあできました。

数学は苦手なのに、物理はできた

──不思議ですね。数学がダメなのに物理はできるというのは。

要するに僕は、興味のないことへの注意力がまったくないんです。計算をすると、絶対に間違ってしまう。数学だと0点です。

ところが物理だと、答えが合わなくても、解き方だけ文章でダーッと書くと、先生が部分点をくれるわけです。それをかき集めると60点ぐらいになる。今でも物理学、量子力学の本を読むことは好きで、ブルーバックスなんかをよく読むんですが、数式は飛ばしてしまいます。計算は苦手だけど、科学の概念は好きなんですよね。

ただ、もし国立を受けるなら文系でも数学をやらないといけない。「私大文系コースなら数学はいらないよ」と先生や友達が教えてくれて、俄然やる気が出ました。とりあえず、予備校の夏期講習に申し込んで、参考書を本屋に買いに行って、自分で自分の勉強のやり方を作るようになった。そのあたりから、グングン成績が伸びました。

──どんな勉強のやり方なんですか。

基本的には暗記です。単語カードをごそっと買ってきて、覚えなきゃいけない単語を全部書いて覚えていく。覚えた単語カードはゴミ袋に入れる。すると、だんだんゴミ袋が大きくなっていくんです。それを見て喜ぶ。

──フフフ。

で、覚えられない単語カードはシャッフルして、また1枚ずつめくって覚えていく。そういう、ものすごくコツコツしたやり方です。

──数学の数字は合わないけど、コツコツしたことは得意なんですね。

単純作業は強いんです。

──ここに、自分なりの方法を開発するという奥野さんの原点があるんですね。

読書体験は図書館

──そのころから本はたくさん読んでいたんですか?

男子校だからオタク的な生徒が多く、自分の趣味が純粋培養されていったと思います。図書館にもよく通ってましたね。うちの町は人口3万人ぐらいなんですけど、町長が「一番大事なのは図書館であって、それに比べればほかのことはどうでもいい」と言って、大阪で一番いいぐらいの図書館ができたんです。新聞にも載るぐらいの。

地元の人はほとんど誰も使わないから、僕の貸切状態。10冊ガーッと借りて、また返して、というのをずっとやってました。

本は最初から最後まで全部読むという感じではなく、いろいろな本をパラパラ見たり、雑誌のバックナンバーを全部借りて読んだりとか、そうやって情報感覚みたいなものが磨かれてきた気がします。

──読む分野は決まっていたのですか。

すごく広かったですね。でも、文学はあんまりなかったかな。ノウハウ本は読みました。たとえば、友達と釣りに行くとなったら、釣りの本を10冊借りてくる。それを全部読んで、でも全然釣れないみたいな。

──へえ。

雑誌のインタビュー記事で、ミュージシャンが「この本が面白い」って言ってたら、その本を図書館で探して読んだりとか。そういう、突っ込んでいくという感じの読書ですね。ベストセラー本だから読むというのはないです。だから、よしもとばななとか、当時よく売れていた本なんかも読んだことがない。

とにかく男子校は鬱屈する

──世間からちょっとズレていた。

そうですね。すこし変わっていました。たとえばマンガもいっぱい読みましたけど、アニメには走らなかった。アニメは放送時間に見なきゃいけないというのが嫌で、今でも見ない。オタク的なところはあるんですけど、ちょっとほかの人とはベクトルが半歩ぐらいズレてる。まわりにもそういうやつらばかりで、まあとにかく男子校というのは鬱屈するんですよ。

──あははは。

「世界がめちゃくちゃになればいいのに!」みたいなことを365日考え続けているわけだから。そういうマグマみたいなものが、いまだにありますね。

──そのマグマみたいなものの正体って何ですかね?

コンプレックスだったり、妬みだったり、いろいろでしょうけど、僕の場合は「世の中、どうしたら面白くなるんだー!」的なものです。「つまんねー!」「面白くねえ!」って言って、どうしたら面白くなるのかを常に考えてる。

田舎だし、娯楽ないし、男子校だし、鬱屈してるし、行動力もないし、能力もないし。そういう何もないところから、何とか面白くしなきゃいかんという、差し迫った気持ちで生きていた名残が今に至るまで続いています。今、そんなに鬱屈しているわけじゃないですけど、多少はあります。だから、幸せになっちゃいけない。たぶん幸せな人はダメですよね。

──ダメですか。

幸せだとダメです。「もっと面白いことないの?」「もっともっともっと」「足りない!足りない!足りない!」という気持ちじゃないと。

──それが奥野さんの好奇心のもと?

そうだと思います。それがたぶん、高校時代までにできたんでしょう。

好奇心のカギは自分に引き寄せられるか

──人によって好奇心の旺盛な人と、全然好奇心のない人がいますが、何が違うのでしょうか。

自分に引き寄せるかどうかだと思います。

──引き寄せる。

「これ、すごいな」って思ったら、「自分で作れないかな」と考えたり。「メーカーの開発者でもない自分には関係ない」と思うんじゃなくてね。(小山さんのレコーダーを指して)「これ、分解してみようかな」と考えたり。

──やめてください(笑)

この製品を作った人が実際にいるわけですよ。「じゃあ、オレにも作れるはずじゃん」と思う。たとえば、「スティーブ・ジョブズが作れるなら、オレに作れないわけないよな」って感じです。

──でも、普通の人はそう考えないですよね。「iPad」を持って、「すごいなー」と思うだけで、自分に引き寄せて考えない。

でも、自然にわいてきたわけじゃなくて、ちゃんと人が作ってるわけだから、作れるはずなんですよ。モノにしても、システムにしても。たとえば、ブログのサービスをいろいろな有名企業が手がけてますけど、「もうちょっとうまく作れるんじゃないかなあ」というふうに自分をコミットさせて考えます。情報整理の仕方にしても、定番的なやり方がありますが、「ホントにそれがベストかなあ」と、そういうのを自然に考えますね。

──なるほど。

雑誌のインタビュー記事にしても、舞台裏みたいなものを想像してしまいます。「ここに書いてないけど、こういうことを言ったに違いない」とか、「この映画監督は絶対にあの映画に当てつけて作ったな」とか。そういう妄想をよくします。

──それはありますね。

ただ、好奇心の強さというのは持って生まれたものもあると思います。よく「常識を疑え」と言いますが、「疑え」と言われて疑えるものでもないですし。

──奥野さんは常識を疑ってかかりますか。

疑ってかかるタイプですね。「誰が決めたの?」と思う。

大学時代に男女共学に! 出所した気持ちに

──大学時代はどういう感じでしたか。

大学は高校までとはうって変わり、非常に面白くて幸せでした。同志社の文学部で、まず女の子がいっぱいいるでしょ。

──あははは。

それがすでに衝撃的で、いきなり出所したみたいな気持ちになった。

──これがシャバの空気か!と(笑)。

はい。「シャバは全然違うぞ!」と。「男と女が1対1だ。すごい!」って。 「共学」なんて都市伝説だと思ってましたから。

──わははは。

僕は文学部でジャーナリズム論を専攻しました。そこは正直な話、何をしてもよかったんです。ゼミで毎回、発表しなきゃいけないんですけど、そのテーマがまったく自由で、僕はあらゆる文庫や新書の刊行言を集めたりしてました。たとえば、岩波文庫は「真理は万人によって求められることを自ら欲し,芸術は万人によって愛されることを自ら望む」。

──ああ、ちょっと仰々しいやつ。

あれをいろんなシリーズから全部引っ張ってきて評論をまとめた。それが卒業論文です。教授もそれで、「うん、100点あげましょう」みたいな。定年退職まであと2年ぐらいだったんで、好々爺になっていて。

──ははは。

だからすごく自由だったですね。ほかのゼミは、「NHKの就職に何人決まった」とかいうゼミだったから、ガツガツしてたんですけど、僕のゼミは就職ができない代わりに、のびのびと過ごせました。

京都の学生は就職活動の仕方がわからない

──僕も大学は京都ですが、京都って就職活動の仕方がわからない学生がいっぱいいましたよね。

いました、いました。僕、美術部に入ってたんですけど、周りに就職する人はほとんどいなかった。みんな7回生とか8回生とかで、「あ、オレも就職しなくたって何とかなるんじゃないか」と思ってて、「就職セミナー」って聞くと、「何それ?」って感じでした。「銀行の説明会に行く」という友人がいたら、「お前、銀行になんて興味あるの?」と尋ねてましたからね。その時点でもう発想がおかしいんです。自分の興味のある会社しか受けない、という価値観でしたから。

やっぱり美術部の人は趣味人ばっかりだから、そうなるんですよ。僕はそれでも、カメラに凝ってる人の現像の手伝いをしたり、版画やってる人の手伝いをしたり、展示会の看板を書いたり、学園祭のお店の企画運営をしたり、部内恋愛のもつれをうまいこと調節したり、そういうことをやっていて、部長にまでなりました。

先代の部長に「キミは融通がきくからいいね」と言われました。「融通力がある」「何が起きても適当に対応できるから、素晴らしい」と。絵を描く人とかって全然融通がきかないから。

──きかないですよね(笑)。

リンゴを描いてて、僕が勝手にリンゴを動かすと、めちゃくちゃ怒るんですよ。組織の中で融通のきく人というのは貴重なんですね。そんな状況で、僕はマージャンや飲み会、旅行などの企画をいっぱいして、基本的には面白くするにはどうしたらいいか、ということをずっと考えてました。

──それは一貫してるんですね。

はい。「面白くなきゃいけない」「面白ければすべて許される」と思ってます。まあ、すべてではないかもしれないけど。

第二回「後世に残るコンセプトを作りたい」へ続きます。
インタビュー第三回 集中力が驚異的なアウトプットを生み出す

奥野宣之(おくの・のぶゆき)

1981年大阪府生まれ。同志社大学文学部を卒業後、出版社、業界紙を経て、『情報は1冊のノートにまとめなさい』(ナナ・コーポレート・コミュニケーション)で著作デビュー。メモやノートの活用法から発想術、読書術、情報収集と活用まで、わかりやすく書き下ろした著書は若手ビジネスパーソンを中心に支持を集め、累計部数は50万部を超える。記事や著作の執筆、書評、講演活動のかたわら、独自に編み出した文章や企画を作る方法論、日常的なトレーニング法などを、仕事力アップのための「知的生産ワークアウト」として広く発信している。作家のエージェント、アップルシード・エージェンシー所属。

Ryusuke Koyama

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